昨年の10月下旬に、強いめまいが起こり救急搬送され、同時に左の耳が聞こえなくなったTさん、74歳(女性)の症例です。

耳鼻科を受診し聴力検査をうけたところ、左聴力の全音域がスケールアウトとのことでした。

特に器質的な原因はなく、突発性難聴との診断を受けました。入院にてステロイド治療を受けましたが、発症から1か月後の時点でも、左聴力0。医師からは治療法がなく改善困難と言われ、当院を受診。

当院初診時
元々右耳は中等度の難聴だった為、頼りの左耳の聴力がゼロになってしまい、日常会話が困難な状態でした。

発症から1か月が経過していること、発症時に強いめまいを伴ったこと、耳鳴りも強い高度難聴であること、から難治性である旨を予めお伝えした上で鍼治療を開始しました。結論から書きますと、鍼治療開始から3か月経過した時点で左聴力が40~60dbの範囲で聞こえるようになってきました。Tさんも、かなり会話が聞き取りやすくなったと喜んでおられます。引き続き継続治療にて、聴力の改善に取り組んでまいりたいと思います。

当院での着眼点
私達鍼灸師は、耳だけでなく身体全体を診て治療をおこないます。Tさんを触診していくと、頸椎に強い歪みが認められました。これまでの病歴を伺って納得。20代で片方の卵巣と腎臓を摘出、40代で右乳房切除を受けたとのことでした。

特に右乳房はリンパ節も含めて切除したためか、右胸筋及び胸鎖乳突筋の萎縮が認められました。つまり、右首肩部の筋委縮のため、頭が右側に変位した状態で、知らず知らず生活していたのだと思います。
実際に蝕知にて頸動脈や椎骨動脈に左右で脈圧差が認められました。

基礎には腎虚証があるので補腎を行いながら、耳や目、脳などへの動静脈還流の左右差というものっを念頭に置いて鍼治療を行いました。

これは経験的観測ですが、難聴や耳鳴り、めまいを来す背景に、片方の乳房切除や頸部腫瘍切除、甲状腺摘出、または側弯症などの経験がある場合が多いと感じています。

当院が行っている難聴治療は、耳だけはなく首周りをしっかり治療します。それは、耳へとつながる血管の大元である椎骨動脈を刺激し、内耳への血流を促進させるためです。特に、突発性難聴の急性期では、このような治療を優先して行います。

椎骨動脈とは
心臓から出た血液は首を通り脳や感覚器へと送られます。首には主に「椎骨動脈」と「頸動脈」があります。このうち耳と大きく関係するのが椎骨動脈です。

椎骨動脈は、連なる頸椎が形成する骨のトンネル(横突孔)を経路としています。首の後部から頭蓋内に入ると左右の椎骨動脈は一旦合流して1本の脳底動脈と名前を変えます。この合流地点の直ぐ先に左右に分岐する迷路動脈があり、これら左右の血管を通った血液が内耳に到達します。