Fさんは、目の酷使による重度の眼精疲労と片頭痛を自覚していました。ある時、仕事中に強いストレスに遭遇した際、急に顔がこわばり、背中や首の筋肉が硬直し、手足が痺れ、呼吸困難の状態となり、動けなくなりました。

すぐに病院を受診しましたが、医師の診察を受ける頃には、硬直の症状は治まり、検査でも異常はありませんでした。

そこでFさんは、強い眼精疲労に、大きなストレスが重なって起きた症状と考え、眼精疲労と自律神経が専門の当院を受診したのでした。

Fさんのように、眼精疲労と伴に、過度なストレスによって背筋が硬直し、過呼吸や動悸、手足がしびれるようなパニック発作を起こした経験のある患者さんを治療する機会は少なくありません。

眼精疲労から三叉神経、腹側迷走神経複合体の機能低下

いずれの方も病院の検査では異常が見られず、医師からは自律神経を整えるようアドバイスを受けることが多いようです。このようなケースにおいて、当院ではストレスに起因した自律神経発作と想起し、その予防的な鍼治療を行うことがあります。

このように、当院では、眼精疲労に伴うメンタルの不調に対して、目と自律神経を調整する鍼治療を行っています。予約制 TEL03-5980-7511まで。

以下、自律神経がパニック障害やPTSD、自閉症や不安神経症、鬱病などの精神症状に深く関与している様を解説していきます。


さて、近年、自律神経に高い関心が寄せられています。中でも「迷走神経(めいそうしんけい)」の新な役割が注目を集めています。

迷走神経は、心拍や呼吸、消化吸収をコントロールしている脳神経で、副交感神経繊維の一種です。

この迷走神経は、横隔膜を挟む形で、さらに「腹側迷走神経系(ふくそくめいそうしんけい)」と「背側迷走神経系(はいそくめいそうしんけい)」の二つの経路に分類されます。

迷走神経、腹側迷走神経と背側迷走神経の図

特に「腹側迷走神経系」は、私たちの社会生活、対人関係構築や円滑なコミニケーションにおいて、重要な役割を担っていることが判ってきました。

迷走神経は、生命の維持だけでなく、精神や感情とも密接に結びつき、その人の意思や行動、ひいては、生き方まで左右するとされています。

そもそも自律神経とは

自律神経は、皆様もご存じの通り二極性、相互性を有しており、活動優位の交感神経(対ストレス神経)、休息優位の副交感神経(リラックス神経)が、バランスを取りながら、身体の恒常性を保つ役割を果たしています。自律神経副交感神経を構成する神経線維の中で、最も守備範囲の広いのが、先ほどの「迷走神経」です。

副交感神経の中で最も広範囲に根を伸ばす迷走神経とは

迷走神経は、12対ある脳神経のひとつで、副交感神経を主としており、脳と臓器をつなぎ、心臓や肺、腹部の内臓、血管などの活動を調性しています。

例えば迷走神経の働きが強くなると、心拍数は低下し、呼吸はゆっくと深くなります。また、消化を促進するために胃や腸は活発に働くようになります。

12対の脳神経

この迷走神経(副交感神経)は、先程も述べた通り、横隔膜を挟み、さらに「腹側迷走神経系」と「背側迷走神経系」の二つの経路に分かれています。

さらに、腹側迷走神経は、実際には三叉神経、顔面神経、舌咽神経、舌下神経、副神経の5つの脳神経と供に複合体(腹側副交感神経複合体)を形成しているとするのが、ポリヴェーガル理論です。

ポリヴェーガル理論とは

自律神経を活動と休息の二元論で捉えるのてはなく、①交感神経、②背側迷走神経、③腹側迷走神経複合体の三者によるバランス機構が複雑に絡み合い、生命維持から感情や対人関係と言った社会活動まで影響を与えるというのが、ポリヴェーガル理論です。

有事(強いストレス)に直面したときに作用する3つの自律神経

実は、自律神経は、人(動物)が、危機に直面した時に起こす、「闘争と逃走」、「フリーズ(立ちつくす)」といった生存を左右する反応に影響を与えます。

闘争と逃走(交感神経)

危機に対して、思わぬチカラを作用させるのが、交感神経(アドレナリン分泌)で、立ち向かったり、一目散に逃げ出したりする際に発揮されます。

その場に立ち尽くすフリーズ、シャットダウン(背側迷走神経系)

時として、人や動物は、圧倒的な危機に際しては、身体がフリーズしてしまい、呆然と立ち尽くすといった、筋硬直を起こすことがあります。このフリーズ反応は副交感背側迷走神経系によるものとされ、原始的な動物にも備わっています。

いわば、想定を越えた突発的な事態やストレスから、身や心を守るために、その場であえて心身を硬直(凍結)し、外界からの刺激をシャットダウンする一種の身体防衛反応です。

第3の選択、関係構築とコミニケーション(腹側迷走神経複合体)

一方、腹側迷走神経系は、闘争やフリーズといった身体状態を解除する役割を担っています。腹側迷走神経系が上手く働かないと、交感神経興奮状態やフリーズ状態が、いつまでも継続してしまうことになります。

さらに、腹側迷走神経系は、どちらかと言うと動物や人類が進化の過程で後天的に獲得した神経で、ソーシャル・コミニティー・ナーブ(社会活動性を有した神経)と言われています。

私たちは、生まれてから生涯を終えるまで、多くの人と関わります。その人は自らの生存にとって安全か否かを測る上で、相手の表情から無意識に感情を読み取る能力を有しています。

他者との関係性を構築するために、私達は様々な顔の表情を作ります。これは、腹側迷走神経系による身体表現とされています。

つまり副交感腹側迷走神経系は、人間関係構築と深い関わりを持った自律神経と言えます。

副交感神経、腹側迷走神経複合体に焦点を当てた医療ケア

自律神経失調症の症状は多岐に渡ります。上記で説明したポリヴェーガル理論では、その根底に腹側迷走神経複合体の働きの弱まりがあるとしています。本来であれば、一時的に生じた交感神経過興奮や背側迷走神経によるフリーズ状態は、腹側迷走神経系の働きによって緩和され、正常化します。

ですから、自律神経失調症に対しては、腹側迷走神経系の働きを整えることが、しばし重要となってきます。

まとめ

強大なストレスに対して機能する三つの自律神経

・交感神経アドレナリン系(闘争と逃走)

・副交感背側迷走神経系(心身の凍結)

・副交感腹側迷走神経系(人間関係の構築)