今から30年前。突然、激しいめまいと吐き気を伴って、右目の視界が白く霞み、救急車で搬送されてたAさんのエピソードです。このような症状だとまず疑われるのが脳の病気でしょう。しかし、実際は右眼の特発性視神経炎とのことでした。入院によるステロイド療法にて症状は緩解しましたが、右目の視力は完全には回復せず、患側では文字の識別が困難となる障害が残りました。

そして30年後、再び激しいめまいと吐き気を生じたため救急車にて病院に搬送。今度は、右耳の聴力が著しく低下していたため、精密検査の結果、右突発性難聴との診断に至りました。

当院にて、突発性難聴に対する鍼治療を開始。受診時は右聴力0の状態から、治療2カ月で平均70dbと、若干の回復傾向は得られましたが、他の突発性難聴の患者さんと比べると難治例となっており、現在も治療継続中です。

目と耳ともに右側であること、また嘔吐するほど激しいめまいを伴っているという共通点がありますが、医師からはいずれも原因不明との見解を得ています。

視神経炎とは?

急性の視神経炎を主訴に患者さんが、鍼灸院に来院することはめったにないことだと思います。しかし、病院での急性期治療を終えてた後の亜急性期にて、回復を早めるという目的で、鍼灸の適応になるかと思います。

【視神経とは】
視神経とは、網膜上に敷き詰められた視細胞(約1億3000万
)と脳を結ぶ神経線維束(約100万本)です。網膜に転写された光は視細胞で電気信号に変換され、視神経によって脳に送られます。視神経は眼底の視神経乳頭部から始まり、眼窩の視神経管を通り、脳底で視交叉を行った後、外側膝状体を経て、後頭葉の視覚野に接続する求心性線形線維です。

この神経経路のいずれかで炎症が起きると、脳に正確な電気信号が伝わらなくなるため、視力低下や視野の異常をきたします。

視神経が侵される病気は様々です。代表的なのは緑内障です。他にも腫瘍による圧迫や膠原病などの自己免疫異常、薬剤による中毒症状などがあります。また、遺伝的なものではレーベル病などがありますが、原因不明とされるものも少なくありません。

眼科学では、視神経疾患を「視神経炎」と「視神経症」とに分けています。そして、視神経炎を理解する上で重要なキーワードは「軸索」と「グリア細胞」、そして「脱髄」の3つです。また、炎症部位によって、視神経乳頭炎と球後視神経炎とに大別されます。

跳躍伝導が可能な有髄線維は、軸索が髄鞘(シュワン細胞)によってコーティングされて、周囲のグリア細胞によって栄養されています。そのコーティング(髄鞘)が剥がれてしまうことを脱髄と言います。脱髄疾患は、多発性硬化症、ギランバレー症候群や顔面神経麻痺の治療といった点で、鍼灸とは関係が深いと思います。

さて、視神経炎に話を戻しましょう。眼精疲労や眼疾患の治療を行っていると、患者さんの訴えとして「疲れているのか、なんだか中心部分がぼやけて、文字が良く見えない」
「片目でみると、まだらに黒い(グレーな)部分が急に見えるようになった」「眼球を動かすと目の奥がズキンと痛む」と。

このような症状を聞くと、もしや視神経炎?と思ってしまいます。鍼灸院開業から9年、これまでに4人、眼科受診を勧めたところ、視神経炎で緊急入院となった例がありました。視神経炎の罹患率は10万人に1人(年)で、うち女性が70%、20代~40代に多いとされています。

症状は、急激な視力低下から始まり、1~2週間で最低視力に至り、その後3週間以内に改善し始め、1~2カ月でほぼ正常まで視力が回復するとされています。しかし、3割りのケースでは正常まで回復に至らず、視力低下や中心暗点などの症状が残るとされています。

Aさんの視力は正常には回復しませんでしたので、症状が強いタイプの視神経炎だったと推察されます。そして、今回治療にあたっている突発性難聴に関しても、過去の視神経炎との関連性を含め、根気よく治療していきたいと思います。

【その後】
発症から2ヶ月経ちましたが、徐々に聴力改善してきています。